軍需生産

1937年に九州大学の工学部を出て、日立製作所に就職された奥村正二さんと言う方が、戦中

・日立戸塚工場(自動車の電装品、砲弾信管)
・日立工作機(フライス盤、研磨盤)
・日産自動車横浜工場(軍用トラック、練習機用航空エンジン)

…等で勤務して、それぞれの製品の戦時生産に関わった際の思い出を手記にされてるんですが、

「(戦争初期)先ず現れていた生産の隘路は労働力の不足である。日課事変中軍需景気を謳歌し
て簇生してきた中小工場、いわゆる町工場は移動防止冷令、賃金統制令もものかは、二重封筒
で法外な高賃金をばらまき熟練工の引き抜きをやった。引き抜きと応召で大工場の基幹工員は
激減していた」

「急激な増産計画を押し付けられた大工場では、質の問題は第2として先ず量的に労働力の圧
倒的な不足を示した。この間隙を埋めるために、大規模な企業整備と徴用が数次に渉って強行
され、呉服屋の番頭や町の理髪師、村の青年等が大量に工場ヘなだれ込んできた。職場の気風
は一変した。自分の腕を誇とする職人気質は影をひそめ、転業前の収入と現収とを比較して終
日愚痴をこぼす人や、製品の量や質に全然無関心にのんびりと一日を過す農村人のかもし出す
雰囲気が支配的となり、従来の生産を維持することが極めて困難となった」

「敗色濃厚となった中期から末期にかけては労働力の量的過剰と質的低下とが問題であった。
戦争の真最中に労働力が余るとは不思議な話であるが、軍および官僚の統制技術の拙劣さは労
務動員計画に於て何人にも明らかな不合理を敢えて強行した」

「当時の大工場に働いていた勤労者の種類を挙げると、本工、徴用工、学徒、女子挺身隊、軍
隊、季節工、囚人、俘虜等(略)この多種多様な労働力の根幹となるのは、云うまでもなく昔か
らその工場に定着している本工である。ところがこの本工が戦の初期、労務調整法や総動員法
の未発動の時に激しい引抜きで町工場へ分散してしまったのに加えて、その後重要工場の招集
免除申請などおかまいなしに、次から次へと波状攻撃してくる軍事召集でその数は激減し、本
工対その他の勤労者の比率が1対10以上になっている例が多かった。」

「現場の実情を知らぬ軍官の統制機構は、紙上計画に従って員数だけ揃えれば足れりと(略)次
から次へと莫大な未経験工を注入した。材料の続いている間はまだしもであった。材料がとぎ
れ勝ちになるにつれて何の仕事もなくただ単にぶらぶらと工場で一日を過すに過ぎぬ人間の数
が増えていった」

「軍需工場は急激に膨張し、設備工作機械の数も飛躍的に増大した。戦前米国から輸入してお
いた機械は全体の需要量から見る時は一小部分たるにとどまり、大部分の設備の充足は日華事
変後急速に膨張した我が国の工作機械工業にまたねばならなかった。工作機械工業については
政府も相当な助成策を講じてきた。日華事変中には工作機械製造事業法が制定され、優秀業者
が許可会社として指定されて国家の保護を受けていた(略)5大重点産業(航空機、造船、アルミ
、鉄、石炭)に準ずるものとして資金、資材、労務等の優先割り当てを受けていた」

「それにも拘らずかくして生産された国産工作機を米国からの輸入工作機と対比した時、何と
大きな差が現れたことだろう。国産機械の摺動面の一年間の摩耗は米国機械の摩耗の十数年分
に匹敵した。精度は1、2ヵ月で急速に低下した」

「カタログにある最大回転数を出すと機械は振動し、軸受は過熱した。同番数の舶来機が十分
耐え得る重切削に於て、国産機は振動し換歯車は折損したり曲ったりした。油圧ポンプや電気
部品は故障が続出した。材料の不良、加工の不正確、これに起因する耐久力及び精度の不足が
歴然としていた。最も寒心に耐えぬのは歯切機械であった。精密な歯車の多量生産は米国から
の輸入機械に頼る外ない実情であった」

「工作機械に使用する切削工具類も全く同じ状態であった。米国製ドリルが楽々と穿つ孔を和
製のドリルは数倍の時間を喰い、次から次へと折損してゆくというような例が多かった。材質
が悪いなりにも国内で補充のできるものはまだしもとして、自給困難或は自給不可能のものも
多かった。歯切工具はその典型で、例えばカサ歯車用のグリーソン・カッターは終戦まで製造
に手をそめる業者はなく、使用者は戦前の輸入品を虎の子にして食いつないできた」

「切削油、潤滑油の不足及び質の低下も大きな問題であった。日華事変中はこれも米のペンシ
ルバニア産のもので賄い、対米戦開始後も一年位はそのストックを食いつないでいた。しかし
昭和18年後半に於ては既に水で希釈した切削油を用い、若干の作業には水のみを使用している
例が多くなっていた」

「潤滑油に至っては全く対策が立たなかった。機械は正直だから潤滑面へ油が回らなかったり、
油の質が悪かったりするとすぐ焼付いて故障を引き起こす(略)ところが米国の工作機械と雖も
輸入後潤滑油に認識のないものが色々な油を給油してきたために、給油系統は例外なく故障し
て居り、至る所からこの『血の一滴』が遠慮なく漏洩していた」

「国産工作機に至ってはこれに輪をかけたようなもので(略)工場の床面はどこも例外なく年中
油で湿っていた」

「生産の隘路は戦局の進展と共に次々と変化した。初期には資材はあるが機械加工能力が不足
して工作機械の拡充に力が注がれた。中期には機械加工能力は足りるが、鋳造品、鍛造品等の
粗形材生産能力が不足という障害にぶつかった。末期には銑鉄、鋼材、アルミ等の素材が間に
合わなくなり、機械工場の設備は漸次遊休化して敗戦の過程をはっきりと示した」

「末期に素材が著しく不足したのは大陸及び南方との交通を遮断されたため、もともと資源の
乏しい日本の経済力がはっきりと露呈されたわけである」




銃が足りなかったとか - 軍@ふたば
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2017年05月07日 技術・軍事・宇宙 トラックバック:0 コメント:0

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